わたしは、市場で生まれ、市場で育ちました。

小さなころから見ていたのは、祖父母の背中です。
身長130センチほどの祖母は、威勢のいい市場の男たちにもまったく引けを取らず、
いつも凛として、たくましく市場に立っていました。

祖父は、市場では少し怖がられていた存在でした。
強くて厳しくて、まさに「市場の男」。
でも、わたしにとっては、とてもやさしく、あたたかいおじいちゃんでした。

「おまえがこの会社の社長になるんだぞ」

そう祖父に言われて育ったことが、わたしは何よりうれしかったのを覚えています。

けれど、市場でお手伝いをしていると、よくこう言われました。

「男の子だったらよかったのに」
「女の子なのにえらいね」
「いいお婿さんを見つけなね」

言っている人たちに悪気はなかったと思います。
でも、どこかで、わたしの「娘」としての存在が、「次」に繋がる姿として見られていないようで、ほんの少し、胸がきゅっとしました。

そんなわたしが学生時代、海外に飛び出して世界を見たときのこと。
そこでは、「女性だから」「若いから」といった言葉は聞こえてきませんでした。
誰もが、それぞれのままで、自分らしく生活していたのです。

それは、わたしの中にあった固定概念が、少しずつほどけていくような感覚でした。
そして同時に、それがとても心地よく感じられました。

水産業についてあらためて世界的な視点から調べてみたとき、驚きとともに、深く勇気づけられる事実に出会いました。

国際連合食糧農業機関(FAO)の報告によれば、世界の水産業従事者のうち半数以上が女性であり、特に加工・販売・養殖などの分野では、女性が業界の中核を支える存在となっているのだそうです。

昔からずっと、女性たちは水産業のなかで、静かに、けれど確かに、力を尽くしてきた。
その事実を知ったとき、「市場に挑戦してみたい」というわたしの思いを、 ほんの少し、後押ししてくれたような気がしました。

今、わたしはこの市場で思いを継ぎ、
魚を届ける仕事をしています。

あのころ見上げた背中に、少しでも近づけているでしょうか。

女の子だったわたしが、ここに立つことで、
次の誰かの光になれたら。
そんな願いを込めて、今日も市場に立っています。

苅込 陽加
Haruka Karikomi

立命館アジア太平洋大学国際経営学部卒業。学生時代は台湾、イタリア、フランスへ留学し、経営学やブランド戦略を学ぶ。
在学中、コロナ禍で経営難に陥っていた家業の一部事業を事業買収する形で創業。男性中心の水産業界に飛び込み、常識破りな戦略と女性ならではの視点で事業の立て直しと成長に取り組む。 国内市場の活性化だけでなく、世界市場への進出やサステナブルな水産業の推進にも注力。水産庁「海の宝!水産女子の元気プロジェクト」のメンバー。「伝統と革新を融合し、水産業の未来を創る」を信念に、業界に新たな価値を生み出している。

株式会社苅込ウェブサイト

Instagram

朝日新聞「海外のファッション業界より水産仲卸 男社会に飛び込んだ女性経営者」

水産業界に興味のある方は、ぜひご参考にしてください。

水産女子

まだまだ男性社会である漁業・水産業の現場で活躍する女性たちのことで、水産庁の立ち上げる「海の宝!水産女子の元気プロジェクト」にメンバーとして参加し、日々の生活や仕事にまつわる情報を社会に広く発信しています。
活動を通して、女性にとって働きやすい漁業・水産業の現場改革や仕事選びの対象としての漁業・水産業の魅力向上を後押ししています。
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kenkyu/suisanjoshi/181213.html

深海合唱団 meets 水産女子 インタビュー

https://deepseachoir.jp/interview/interview_category/suisanjoshi

出典:
FAO “The State of World Fisheries and Aquaculture 2022”:
“Women account for about 50 percent of workers in the primary and secondary fisheries and aquaculture sectors, with the vast majority of women involved in post-harvest activities.”

写真 / 松永奈々