第3回目は、深海合唱団のみさが、MSC(Marine Stewardship Council:海洋管理協議会)高橋麻美さんにインタビュー。
前編では、MSC漁業認証やMSC「海のエコラベル」のことを中心にお話を伺いました。

高橋麻美

高橋麻美さん
プロフィール
Asami Takahashi

MSCジャパン、漁業担当マネージャー。MSC漁業認証の普及に努める。水産業と生き物豊富な海の両方を将来に残すことを目指して活動している。
https://www.msc.org/jp

みさ
Misa

MSCのこと

みさ今日はよろしくお願いします!まず、所属されているMSCジャパン(以下、MSC)やMSC認証について教えていただけますか?

高橋さん(以下敬称略)MSCというのは国際的な団体で、本部がロンドンにあります。世界中にオフィスがあって、私が働いているのはその日本事務所です。

高橋最近では「SDGs」「サステナブル」といった言葉がよく聞かれるようになりましたが、MSCは独自の規格を設け、環境に配慮した「持続可能な漁業」を広める活動をしています。

高橋製品のパッケージやお店のメニューに付けられるラベルはMSC「海のエコラベル」といって、このラベルを目印に消費者がサステナブルな漁業由来の魚を選べる仕組みを整え、環境を守りながら漁業を普及させる取り組みをしています。

みさMSCで高橋さんはどのようなお仕事をされているのですか?

高橋MSC認証は、大きく分けて持続可能な漁業に対する「漁業認証」と、加工・流通の管理に対する「 CoC(※1)認証」があって、それぞれの規格を満たして認証されると、製品にMSC「海のエコラベル」を付けて販売することができます。

※1 CoC…Chain of Custodyの略で、加工・流通過程の管理を意味する

高橋私はその中で「漁業認証」を担当しています。主に認証の取得を検討している漁業者さんや企業の方の相談に乗ったり、規格の理解を深めるための説明をしたりするのが私の仕事です。

高橋また、認証規格の改定や更新を担当するチームがロンドンにあるので、日本の漁業の事情や動向をそちらにインプットして、これからの漁業認証規格に活かしていくことも役割のひとつです。

現場のこと

みさ現場の漁師さんともたくさんお話されるんでしょうか?

高橋そうですね、現場の漁業者の方と話すこともありますし、漁業会社や漁協など現場を統括している方と話すこともあります。
最近はオンラインで情報提供することが多いですが、コロナ前はなるべく現場に行って、現地の状況を見ながら話をしていました。

高橋こちらはタイセイヨウクロマグロのはえ縄漁業で漁業認証を取得した臼福本店の第一昭福丸の水揚げ現場です。この船はほぼ1年間漁に出ています。
大西洋で漁獲されたクロマグロはすぐに冷凍室で保存されるので、”水揚げ”と言っても揚がるのはカチカチに凍ったマグロなのですが、迫力がありました!

みさわー!現場って感じですね。

高橋これは岡山県邑久町で認証を取得しているカキ漁の現場を訪れたときにとった写真です。垂下式のカキ漁で、筏からカキを船にあげた時に小さなカニがいたので思わず撮影してしまいました(笑)。
この撮影は完全に私の趣味ですが、実際の漁業認証の審査では漁業対象となる魚の他に、どういう生き物がいるか、それらにどういう影響があるかも評価する仕組みになっています。

高橋この写真は港のすぐ横にある小屋で水揚げされたカキの殻を剝いているところです。港に戻った船からベルトコンベアのようなもので直接小屋に入ってくる仕組みになっています。

みさすごい仕組みですね!

高橋中には牡蠣剥きのプロがいて、みなさんものすごく手早く、きれいに仕事をしていらっしゃいました。このように、プロたちがひたすら牡蠣を剥いて、それが加工業者さんに行って洗浄されてパック詰めされて、スーパーで売られている状態になります。

MSC認証のこと

みさ認証を取得する過程で、どのように漁業現場の方々に寄り添っているんですか?

高橋審査を検討する段階で出てくる疑問や不安には丁寧にお答えするようにしていますね。漁業者によって状況は千差万別なのでどういう形で取り組むのが負担が少ないか等、相談にのることもあります。

高橋よく、審査本番もサポートするんですか、と聞かれることがあるのですが、MSCでは「第三者認証制度」を採用しているので、私たちMSCが認証に値するかどうかを判断する審査に関わることはありません。
規格をつくっている組織としては認証漁業を増やしたいという意向が働きますよね。そういう立場の人が審査に関わるとフェアな認証ではなくなってしまうので。

みさ認証自体が公平でないといけないということですね。

高橋そうですね。公正性と透明性を高めるために、審査はAssurance Service International によって MSCの審査ができると認められた第三者の審査機関が担当します。
審査機関は対象となる漁業の情報資料や現地訪問でのヒアリング、MSCの規格と照らし合わせて認証できるかどうかの最終判断をするのです。

高橋さんと海

みさMSCでお仕事をするきっかけについて教えてください。

高橋元々は水族館が好きで、漠然と水族館で働きたいなと思っていました。地元は愛知ですが、人生で一度は沖縄に住んでみたいという想いもあって、海洋関係のことを勉強できる沖縄の大学を選びました。

高橋その時に部活でダイビングを始めて。そこで海や魚に魅了されたことが私の海にまつわる活動の原点になっています。大学院を卒業してからは、日本科学未来館(以下、未来館)に入職しました。

みさお台場の! 未来館ではどんなことをされていたんですか?

高橋未来館のコンセプトは科学技術やそれを使った未来のくらしについて対話し考えるというもので、私は科学コミュニケーターとして研究者とのトークイベントや、市民対話や実験を行うワークショップを企画していました。

未来館での高橋さん

高橋医療、エネルギー、環境、生物と様々なテーマのイベントを割と好きなようにやらせてもらっていましたね。
エネルギー問題や医療の話など、答えが一つではないのが社会課題の特徴ですが、参加者が関心をもって考えるきっかけを作ることができれば良いなと思って。

未来館でニコ生配信中の高橋さん

みさ例えばどんなイベントがありましたか?

高橋有孔虫っていう海水や砂の中にいる微生物がいるんですけど、様々な形の殻を持っていて、その形がきれいなんです。この時は研究者を呼んで、お台場の海で海底の泥を掬って有孔虫を取り出してみよう、というイベントをやりました。

高橋身近な海から見たこともない生き物を探すのは宝探しみたいで楽しくて、単に自分がやりたかったというのもありました(笑)

みさ海水から取り出せるんですね?!面白そうです。

高橋実は環境問題とも密接な関係があって、有孔虫は殻がもろいから、海洋酸性化(※)の影響を受けやすいと言われています。楽しく有孔虫を観察するというワークを通してそういう問題にも触れてもらいました。

※海洋酸性化…二酸化炭素が地上で増えると海水中にも二酸化炭素が溶け込み、海水が酸性に傾く現象

高橋別の機会に水産資源をテーマにしたイベントを作ることになって、そのリサーチ過程でMSCを知りました。未来館でエネルギー問題を扱った企画をいくつか経験するうちに、産業や社会システムのインパクトが大きいということを感じていて、海をいい状態で後世に残したいと思った時にも、やはり水産業との関わりは無視できないと感じるようになりました。

高橋「海や生き物が好き」や「環境を守りたい」という思いも大事だけれど、それだけでは成し遂げられないこともあるので、社会のシステムの中で「水産業も発展させつつ、環境保全も促す」というバランスの取れた活動をしているMSCは魅力的だなと感じました。その後、ご縁あってMSCで働くことになりました。

みさ企業の役割や産業のインパクトって大きいですよね。自分なら身近なところを考えるけど、インパクトの大きいところで直接やろうと思ったのがすごいです。

高橋自分自身ダイビングや生き物が好きなのと同じくらい、食べるのも好き。個人にできることと、企業や産業ができること、その両方が必要じゃないかって思うんです。

お仕事のこと

みさお仕事の中でやりがいや、おもしろいと感じることは何ですか?

高橋認証を取得した漁業の水産物がスーパーでMSCのラベル付き製品になっているのを見たときには喜びを感じますね。もちろん一番がんばっているのは当事者である漁業者さんやサプライチェーンの皆さんですけど、認証までの道のりを考えると「ついにここまで来たか・・・」と感動します。

高橋あと、最初は一部の人で認証の取得に取り組み始めたのが、長年やっていくうちに周囲の人たちの持続可能な漁業に対する理解が深まり仲間が増えた、と聞いた時も嬉しかったですね。

みさいろんな方の賛同を得て、どんどん広がっていったら良いですよね。

高橋漁業認証は審査に1年以上かかりますが、認証を目指して準備するのはもっと前からなのでトータルで4〜5年かかるケースもあります。結構長丁場なので、どんどん広がってほしいという想いはもちろんありますが、ある程度時間は必要かなと思っています。

みさ4〜5年もかかることがあるんですね!取得までの期間は、漁業の規模などが関係するんですか?

高橋規模もあるし、最初挑戦しようと思う人がいても、その人だけでは難しい場合は体制から整えなくてはならなかったり、準備に時間がかかることがあります。

みさ取得にあたり、設備や人員などのコストがかかるということもあるのでしょうか?

高橋それは漁業によって異なります。資金的なサポートが必要という場合は、利用できそうな助成金を提案することもあります。MSCにも海洋管理基金というものがあって、認証漁業が継続するための費用のサポートも行っています。

高橋認証にあたって設備や運用を大きく変えなくてはいけないということはあまり無いと思いますが、今まで感覚的にやっていることでも、審査では数値や文書など第三者が見ても分かる形にしないといけないので、そのために現場で今までとっていなかった記録をとるように運用を変更している漁業はありました。

MSC「海のエコラベル」

みさ認証を取れているもので、私たちがすぐ買えるものや出合いそうなものはありますか?

高橋私の生活圏ですと、まず、牡蠣やカツオの製品はスーパーでよく見かけるようになりました。
あとは、アラスカの認証漁業のスケトウダラを使ったちくわの製品は地元のスーパーでも売られていました。イオングループ、生協・コープ、セブン&アイグループなどでよく販売されていますよ。

みさSNSを見てみたら、マクドナルドのフィレオフィッシュもそうなんですね。よく食べていたけど気づいていなかったから、今度行ったら見てみます!

高橋ぜひ!箱にラベルがプリントされています。

後編「海と魚と磯部」へつづきます。
6月22日(水)公開予定です。どうぞお楽しみに!

海の宝!水産女子の元気プロジェクト

水産女子とは?

まだまだ男性社会である漁業・水産業の現場で活躍する女性たちのことで、水産庁の立ち上げる「海の宝!水産女子の元気プロジェクト」にメンバーとして参加し、日々の生活や仕事にまつわる情報を社会に広く発信しています。
活動を通して、女性にとって働きやすい漁業・水産業の現場改革や仕事選びの対象としての漁業・水産業の魅力向上を後押ししています。
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kenkyu/suisanjoshi/181213.html